これは僕のつくり話なのだけれど

これは僕のつくり話なのだけれど、ひとりの男がいる。
恋人ではない女の子とデートの約束があって、ライブハウスのチケットは男がもっている。当日、ライブハウスの開場30分前に、ライブハウス前で待ち合わせをする。
ところが、女の子は現れない。男は女の子の携帯電話を呼び出すが、何度かけても、応答はない。
ライブが始まり、ついに男はあきらめるのだが、男はほんとうにあきらめることができたのか、つまり、どういう絡んだ感情で演奏を聴いていたのかということなのだけれど、そのへんは定かではない。
翌日、女の子に電話をしても、やはり出ない。
男は新聞をとっていて(いまはとっていないのだけれど)、地方版を眺めていると、横浜の埠頭で、二〇代と思われる女性の遺体が発見されたと書いてある。
男がその記事を読んだのは、ライブがあった日の翌日だったか数日後だったか、記事内で「女性」の特徴にまで言及されていたかどうか、記憶はあいまいである。
しかし「情報提供、または詳細な問い合わせは、横浜水上警察暑まで」とあり、電話番号も掲載されていた。男は、横浜水上警察署に電話をかける。刑事課にまわされる。
刑事課の刑事は、素性の知れない男を警戒していた。それは口調にあらわれ、遺体で見つかった女性について訊ねても、「髪が長い」、「色白である」という以外、多くの特徴を言わない。あえて口をつぐんでいるのがわかる。
「暑までお越しいただけますか」と、刑事は言った。「これから行きましょう」と、男は言った。
男は、中区海岸通にある、横浜水上警察署に足を運ぶ。
入り口で用件を話すと、上階に案内され、本物の刑事が二人、テーブルをはさんで男と差し向かいに坐った。若いほうの刑事は、陶器の椀にコーヒーを淹れて差し出した。
男は、「遺体で見つかった「女性」に心当たりがある、写真を見せてほしい」と言ったのだが、刑事は「心当たり」の背景を聞かせてほしい、写真はそのあとだと言う。
二人とも、小さな手帳を出して、小さな細いペンを握りしめて、男の言葉を待っている。男は、じしんの素性と、彼女との関係(恋人ではない)、彼女が約束の時間、約束の場所に現れなかった経緯を伝えた。
いくつかの質問があり、男はそれに応えて、しかし刑事は、何の感想も漏らさない。メモの量が多い。
いよいよ刑事は、「女性」の顔写真を見せてくれると言った。「海で発見されたので、顔面の皮膚の膨張、漂流物や岸壁によってついた傷があるが、冷静に見てほしい」と刑事のひとりが言って、もうひとりは薄っぺらい写真アルバムを手に立っていた。
テーブルの上にアルバムが開かれ、すぐさま男は、「これは遺体の写真だ」とわかったのだが、幸運にも、それは、男の知っている女の子ではなかった。
 
実をいうと、ここまでは、ほんとうの話である。男というのは、僕である。僕は、13年前の2001年の春、横浜水上警察署で、見知らぬ女性の遺体写真を見た。
 
僕は、これは僕の知っている女性ではないと言った。「なぜなら」、と僕は顔写真の頬のあたりを指さして、「彼女はここにホクロがあったんです。ここです、ここ。彼女はここにホクロがありましたが、写真にはありません。だからこの女性は僕の知人の女性とは関係ありません」と言うのだけれど、僕が指さしてるまさにその頬の位置にホクロがあり、僕の指はそのホクロを隠してしまっていることに、僕は気づいていない。
刑事は、「ホクロ、あります」「指をどけて」「冷静に」「他の部分も見て」などと口々に言い、しかし僕は、「これは違います」の一点張りで、顔写真の頬をずっと指さして、押さえて、隠している。
その遺体の女性が、僕の知っている女の子だったのかどうかは、わからない。
というのも、この「僕」は、僕ではない。この部分、ホクロの件(くだり)にかんしては、つくり話である。
 
僕のほんとうの話について言えば、「それは、僕の知っている女の子ではなかった」というところが結論である。
数日後、彼女から電話があり、「ライブのことはすっかり忘れていた。郷里に帰省していた。携帯電話はアパートに忘れてしまって、だから出られなかったのだけれど、それにしても、すごい数の電話かけたね」と彼女は言った。
お詫びに、と、しゃぶしゃぶの食べ放題をごちそうしてもらった。
繰り返すようだけど、13年前、2001年の春のことである。僕の知らない20代の女性が、横浜の埠頭で、遺体で見つかった。海水を含んで膨張した皮膚、傷だらけの顔面の写真(目を閉じた)を見たという事実だけは、変わらない。