「英語力」とは何か

(扇田明彦)――向こう(ロンドン)で何回もワークショップを重ね、配役を決めて、しかも英語で野田さんが演出して自分自身も英語で演じる訳ですよね。今までの日本の演劇人はそんなことはしてこなかったと思うのですが、やはり演劇システムの違いもありますし、戸惑うことも多かったのではないですか。
野田 そうですねぇ。……どのくらいかかったんだろう、〇六年の『THE BEE』までに十年はかかってるような気がしますね。最初、〇三年に『赤鬼』を『RED DEMON』としてロンドンで上演したんですが、その時に自分の英語力が不十分で、演出の言葉を役者たちに的確に伝えることができなかったし、決断もできなかった。というのも、こちらが言葉の面で弱いと役者の主張に対して「自分はこうだと思うけれど、ロンドンのシステムだと違うのかな」などと考え過ぎてしまって、説得できない。それで、役者たちに言い切れる言葉を使えるように、まず英語力を身につけないとだめだなと思ったんです。
――最初は英語力不足だったと言われましたが、その場合、普通の人なら通訳を使っちゃうと思うのですが、野田さんは使わないで乗り切ったわけですよね。
野田 そうですねえ……それはイギリスという国の特殊性のためなのかもしれないですね。例えば、タイの役者と組んだときは、通訳を介して彼らとのコミュニケーションが充分取れて楽しめたんですが、イギリスの人間というのはやはり英語を喋れない人を自分より下に見ますから。役者も、「英語が喋れない奴の話をなんで俺が聞かなきゃならないんだ」という態度に出ますので(笑)。ただ、自分の仲間は、キャサリン・ハンターやサイモン・マクバーニーなどを含めて、そういったことに対して非常に寛容な人間たちだったので良かったですね。九三年頃、一番最初にサイモンのワークショップに行った時、僕はまったく喋れなかったのですが、サイモンがやたらと僕を使う。そうすると、他の役者から「なんであいつを使ってるの?」という空気をすごく感じたんです。それでもその時は、フィジカルなワークショップだということをみんなが理解していたので、僕がフィジカル性で何か見せるとそれは認めてくれたんです。しかし、もしあれがRSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)のワークショップだったら、相手にもされないわけですよ、ちゃんと発音もできないだろうし、って。
野田秀樹 (文藝別冊/KAWADE夢ムック)』、河出書房新社、2012) 

「英語力」というキーワードで、思い浮かんだのがこのインタビュー。 
野田秀樹がロンドン留学したのが37歳のとき。